【2009.6.20】電車で郊外へ向かう。緑が多くなる。空き地が多くなる。ほっとする。都心から離れれば、物理的に都心へ、駆けつけることができなくなるから。物理的に行くことができない距離感があると、人は安堵する。緊張がほぐれる。釘を踏んでしまったときの自転車のタイヤのように、ぷしゅーっと空気が抜けるように、緊張がほぐれる。
地方都市っぽい場所が、なんとなく居心地がいいのは、いろんな困ったことはぜんぶ大都市におしつけられる、適当な距離を保っているからだと思う。物理的な距離は、適度にないと、やっていけない。郊外にくると、安心するのは、そんなわけだと思う。家と家の距離、人と人の距離が、都心ほどくっついていない。救われた気持ちになる。
郊外のちょっと先には山がある。だらだらと広大に広がる都市の、周縁がある。都市が都市じゃなくなる場所がある。そう遠くない場所で、都市が終わる。そのスケール感が、安心感をもたらしてくれる。人には、恐怖を覚えない空間のスケール感というのがあるのだと思う。個人差もあるのだろうけれど、あまりにも広大すぎるひとまとまりの場所は、怖い。はかりしれない、とらえきれないと、怖い。
東京に、終焉する周縁があって良かった。今日は、本気で、そう思っている。


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