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都市・場所

展望台寸評 ~新潟・朱鷺メッセ~

20080228171525先日、職場に行ったがほとんど何もやることがない空白日があった。そんなわけで、さっさと脱出して恵比寿から目黒あたりをぶらぶら歩いた。普通、歩くというとお店に立ち寄ったりしながらぶらぶらショッピングでも楽しむという意味になるけれど、私の場合ほんとうにぶらぶら歩くだけである。

恵比寿と目黒を結ぶ線路沿いに、大通りというほどは広くないが、そこそこに広い道があて、そこから脇道にそれると、急な下り坂がある。ビル5階分くらいの高低差があるので、坂の上から坂の下の方をながめると、道の先の空が広く開けていて、そこに大きな太陽が、今朝食べた目玉焼きの、ほとんどぐじゅぐじゅの黄味みたいに赤黄色く、まわりににじむように、しまりなく、ぼんやりとへばりついていた。

(今朝食べた目玉焼きは火加減にしっぱいした。半熟をめざしたのだが全熟で、箸で刺したとたんに黄味があふれ出してきた。しかも普通より黄味が赤身がかっていたので、それは黄味というより黄赤味だった。)

坂の途中には、見晴らしの良さそうな都営住宅が建っていて、壁に亀裂の入ったその建物のすぐ脇に、ちょっと広場があった。ガケみたいな斜面に、岬のように突き出たその広場には、砂場と滑り台だけがあって、滑り台の無骨な骨格が、ねばねばした赤黄味色の背景を直線的に黒く縁どっていた。

街のなかの見晴らしの良い場所に住みたい。人工的につくられた高層住宅ではなく、傾斜地に建てられた低層住宅に。窓からたくさんの建物の屋根の輪郭と、道路か線路を見下ろすことができる部屋に。

見晴らしの良い部屋の価値を、面積や設備や築年数で説明することはできない。その価値は、空に向かってどれだけ開かれているかによって決まる。私が住みたいのは、空に向かって大きく開かれている白い部屋だ。

けれども、見晴らしの良い場所に住むチャンスはなかなか無いので、わたしたちは展望台に行ったりする。夕暮れの街が暗く暗く沈んでいくなかに、黄色や赤の灯りがふっと浮かび上がってくる、あの一瞬を見るのが好きだ。どこまでも続くかに見える建築物の輪郭がしだいに闇に飲み込まれ、逆に、家やビルの灯りが一斉に光りだす瞬間が。

tokiところで、展望台は暗いに限る。明るい展望台では、ガラスに室内の照明が反射して、夕景が十分に見えない。そういう意味で好感が持てる展望台といえば、浜松町の東京貿易センタービル、新潟の朱鷺メッセが思い出される。いずれも、可能な限り東西南北の全方向に窓を設け、夕方になると照明を落としてくれるからだ。

toki-aそういえば朱鷺メッセには、天井が高い一角があって、高く積まれた格子状の窓から、空をたっぷりと見ることができて、とても気持ちがいい。天井の高さだけで言えば、六本木ヒルズの展望台の方が勝るかもしれないが、こちらはあまり居心地が良くない。六本木ヒルズから見た空は、朱鷺メッセから見た空よりも、低く感じられるのだ。新潟に比べて、東京の方が高層建築が多いから、そう見えるのかもしれない。でも、本当の理由はもっと別なところにあるような気がする。

toki-b朱鷺メッセの窓は、空と一体になろうとするあまり、その輪郭を失おうとしている。この建物は空に対して、静かな隣人であろうとしている。だからこの展望台を訪れた私たちは、空のすぐ隣に立ちながら、静かに空を見ることができる。

toki-c1一方で、六本木ヒルズの窓は、空と室内を遮断するための頑丈な外構であろうとしている。この頑丈な窓は、空をも、都市建築の一部としてビルの中に取り込んでしまおうとしている。ここから見る空は、決して空ではない。それは、開発者の欲望によって作り出された擬似的景観なのである。六本木ヒルズの展望台に立ち寄ったとき、わたしたちは空に近づくのではなく、むしろ空から遠ざかってしまう。

toki-d1朱鷺メッセの展望台。照明が暗く、外がよく見える。

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