話のつじつまがあっていないところはある。どうしてそうなったか、明かされていないところもある。けれどもこの映画は、当時まだ生まれていなかった私には未知の出来事であった3億円事件、ならびにそれが起きた時代の感情について多くのことを伝えてくれる、魅力的な作品だった。精緻に組まれた現代のエンタテイメント的映像作品の物語展開から見れば、稚拙に思え、矛盾と感じられる部分もあるかもしれないが、この話がかつて実在した街、人、空気をモチーフとして ――いや、もしかしたらモチーフという以上にほとんどノンフィクションに近いものとして――描かれていると想起すれば、それはほとんど気にならない程度のものである。
60年代末、人間の内側の屈折や腐敗や混乱を形にしたような猥雑な路地が方々に存在した時代、人々はその思考や情感を、身体 的あるいは言語的に過剰なまでに表わそうとしていた。演説、シュプレヒコール、人いきれ、紫煙、音楽。街には五感を刺激する様々な事象があふれ、ひどく饒 舌であった一方、悲しみや挫折や閉塞やあきらめといった感情について、ひどく無口だった。過剰でいて過剰ではなく、饒舌にして無口。力強く語られる言葉の 裏には、決して語られない悲しさの領域が、静かに眠っていた。
この映画は、繊細にして触れてはいけない、その領域の記憶をあぶり出し、語 ろうとしていた作品であった。けれど、それでもなお本当に触れてはいけない静寂な部分については、決して語られていない。その当時その場所に居合わせた当 事者しか知らない、決して語られることのない記憶に、私たちが触れることは許されないのだ。話の矛盾と感じられる部分は、そんな極めて繊細な部分が存在す るせいなのであろう。
映画の最後、元ちとせの歌「青のレクイエム」が流れ始めたところで、70年前後を模した新宿大ガードの絵が、現在の 新宿大ガードの絵に静かに置きかえられるシーンがある。そのとき、時間という隔たりを乗り越えて、彼らと現在に生きる私たちは、新宿という場所の介在に よって密やかに接続される。その日、満員の新宿武蔵野館でこの映画を見られたことは、とても幸せなことだった。そこはすこしだけ、主人公の“みすず”たち が芝居を見ていた小劇場に似ていたような気がしたからだ。


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