2008/2/3 日曜日

団地考察(2)

原風景としての団地

かつて団地で生まれ育った人々が、団地を回想し、散策し、記録しようとしている。彼らにとって(はたまた私たちにとって)団地とは、果たしてどのような空間なのだろうか。考えるための手がかりを、小学校時代を団地ですごした人々の言葉に求めてみよう。

「団地の児童の遊び場は、団地の中につくられた同じようないくつかの公園と決まっていた。(…)団地の外に出掛ける機会はほとんどなかったから、そこにどういう世界が広がっているのか、想像すらできなかった。」
(原武史『滝山コミューン1974』)

「自転車でよく団地の中を用もないのに走り回っていた。どこを走っても同じような風景なのだが、ほとんど行くことのない道を走ると、今自分が何処にいるのか判らなくなるような不思議な感じがおもしろかった。(…)団地の外へ出るには何かみえない境界線のようなものを感じて、それほど遠くへ行くことはなかった。」
(甲斐裕司『PHOTOSTORY A SMALL WORLD』 SWITCH7 1998 Vol.16 No.6所収、スイッチパブリッシング)

2人のエピソードからは2つのことが伺い知れる。

1つ目は、彼等にとって団地が、まずまずの遊び場だったということである。住棟と住棟の間に広がる芝生や草むら、ブロックごとに配置された公園、住棟と住棟の間のぐねぐねとした通路、建物の軒下や水道ポンプ室の周辺など、団地内には遊べるスペースがふんだんにある。

2つ目は、団地が彼らの行動限界だったということである。小学校低学年くらいまでの子どもたちにとって、自分ひとりで行動できる範囲は、それほど広いものではない。自宅、学校、近所の公園や商店といったいくつかの場所が、彼らの行動範囲のほぼ全てである。大規模な団地は、商店や学校などの施設を内包(もしくは各施設に隣接)しているので、団地に住む子どもたちの行動範囲も、自然自然と団地の中に限定されていく。

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団地を考える | リャマ | 10:48:38 |

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